突然の山暮らし
夫婦似た者同士
ロッキー山脈の連なるアメリカ、コロラド州から日本にやって来たダンナ、北陸の海と山に囲まれて育った私。六甲山の家に一目惚れして、とうとう山住まいとなった。
これまで、窓を開ければ隣のビルの壁、緑といえば街路樹というような町中に、かなり長く住んだ。自然に近いところに住みたいと思わないわけではなかったが、仕事の都合を考えると、遠い田舎には引っ越せない。いきなり山暮らしが現実になるとは、まったく予想もしていなかった。
兵庫県神戸市にある六甲山は標高931メートル、歩いて登っても山頂まで1時間程度の親しみやすい山である。
古くからの港町、神戸は、街の前に海、後ろに山が連なり、市内のどこからでも山の緑を見る事が出来る。気候も温暖で住みよいところだ。
今では海岸線から約3キロメートル、標高240メートル付近までが住宅地となっている。六甲山は、そこから1キロメートルほどの間に、標高931メートルまで立ち上がっていて、かなりの急勾配である。山と言うと高く、遠いように聞こえるが、六甲山はコロラドで言えば「Foothill(フットヒル)」麓の丘ほどの高さしかない。神戸の市街までは車なら30分以内、公共交通機関(ケーブルカー、バス、電車)を乗り継いでも1時間ほどだ。六甲山は、仕事をしながら山暮らしが出来る山である。
私たちの家、「六甲ハウス」は六甲山の南側斜面、表六甲の、標高780メートルに位置する。リビングのベランダから大阪湾が一望でき、空気の澄んだ日には、淡路島の向こうに四国がかすかに見える。家は古いが景色は素晴らしい。低い山でも天気の変わりやすさは一人前で、一日に何度も天気が変わる。神戸の街が青空でも、山頂は霧や雲に包まれていたり、雪が降っていたりする。
そもそも山に住むことになったきっかけは、小指の先ほどの小さな新聞広告だった。ちょうどダンナが事務所を自宅のマンションに移したところで、マンションが手狭になり、広いところに移りたいと思っていた。しかしマンションでも広ければ高い。
すると「六甲山頂、眺望良、○○坪、借地権、古家付き…」という広告が目に留まった。自然の中の広い家! 粋狂さにかけては似た者同士の私たち夫婦は、すぐにその物件を見に出かけ、すっかり気に入ってしまったのである。
家を買うとなったらよくよく考えなくては、とお互いに言い聞かせながら、2度3度と見る度にますます住みたくなった。購入する決意をする前に、工務店や建築家の知り合いに家を見てもらった。古い家だけに傷んでいる場所も多いが、土台はしっかりしているし、住みながら十分修理可能、と皆が言ってくれた。
もと大工だったダンナの父も、私たちの夢の家プロジェクトを聞いて興奮し、見たくてたまらなくなりアメリカから飛んで来た。なにしろ、日本に来て十数年になるダンナは、その間お父さんと一緒に何かを作ったりするどころか、仕事が忙しく、滅多にアメリカにも帰っていなかった。常々お父さんと一緒に何かをしたいと思っていた私たちには、家の改造工事を親子でするということが最高のアイディアに思えた。そしてお父さんが一緒にやろうと言ってくれたことが、大きな後押しとなった。というのも、その家は築38年、もと保養所で延べ160坪、敷地700坪の大きさなのである。家を買ったら修理費用が残らないため、住みながら少しずつ自分達で修理していくことが大前提で、かなりの覚悟が必要だった。準備に数か月を費やし、とうとう山の古家オーナーとなった。2004年5月のことである。